平成21年8月21日

松明あかし奮闘記


【松明あかしとは…】

 約400年以上も前の天正17年(1589年)6月、伊達政宗と須賀川城主二階堂盛義の後室大乗院(気丈な女城主)の戦の折、二階堂家の家臣や領民たちは、手に手に松明をともし集まりました。そこで決死の覚悟で須賀川城を守ることを決議し、城主である大乗院に進言したのでした。

 しかし、政宗に内通していた家臣がおり、城本丸の風上にあった二階堂家の菩提寺・長禄寺に火を放ったのです。 須賀川城は火炎に包まれ、家臣の大部分は城と運命をともにして悲壮な最期を遂げたのでした。「松明あかし」は、この戦いで戦死した多くの人々の霊を弔うために行われるようになった行事です。

 昔は旧暦の10月10日に行われていましたが、現在は新暦の11月第2土曜日に五老山で行われています。



【奮闘記】

◎平成21年8月21日:第一回準備会議開催

数年ぶりに松明あかしに参加すべく準備を始めました。第一回の会議では実行委員として、総務人事部・経理部・資材部が中心となって活動する事が決まり、当日の11月14日(土)に向けて始動いたしました。




◎平成21年8月26日:材料到着

骨組みとなる材料の竹が届きました。主となる竹の長さは約7mで、らせん状に編みこんである「たが」の直径は1m20cmもあります。どんな形になるか完成が楽しみです。




◎平成21年8月29日:骨組み作成

「竹」に「たが」をくくりつけ、骨組みを作成しました。



「番線」を使い「シノ」という棒でくくりつけていったのですが、始めての作業でなかなか手こずりました。



しかし、アレヨアレヨという間に2時間程度で骨組みが完成しました。



すでに愛着が沸いております。



ちゃんと長さを測ったら8mありました。骨組みは完成です!




◎平成21年9月5日:カヤ刈り

今回は、松明の燃料となる「カヤ」を刈りに、須賀川土木事務所に許可を取り釈迦堂川へ行ってまいりました。



「刈ったものを次々運ばないと前へ進めません。



2t車と軽トラックで2往復し、やっとこの量です。これを乾燥させ、松明の中に詰め込んでいきます。これで燃料も確保です!




◎平成21年9月12日:カヤ詰め込み

前回刈り取った「カヤ」を、松明の中に詰め込みました。「番線」の突起に気を付けながらギッシリと詰め込みました。(この前に、骨組みを「竹」で補強した工程があったのですが、写真を撮る前に詰め込んでしまった為、コメントのみで割愛させていただきますm(_ _)m)




◎平成21年9月19日:畳表巻きつけ

久保木畳店さんのご厚意により頂いた「畳おもて」を縫い合わせ、松明に巻きつけました。畳み用の針で縫ったのですが、気分だけは職人になったようでした。



飾り縄」を付ければ、ほぼ完成です!




◎平成21年10月1日:松明起つ

ついに「松明」が完成いたしました!松明あかしは11月14日(土)ですが、当日まで待ちきれず、庭に立てることに…。「松明」をユニック車で吊り上げて立てたのですが、起こすとすごく大きく感じます。



初めてにしては、良い出来かと…☆




◎平成21年11月7日:松明会場へ

「松明あかし」当日が来週へと迫り、庭に1ヵ月立っていた松明が会場へ移動することになりました。



会場となる「五老山」へ着くと、すでに松明が数本立っていました。
(んっ…!?ウチのに比べるとレベルが違う位キレイだ!!)



「井の中の蛙」だったことをしり、10月1日のコメントを削除したい気分です…。
もし来年参加する機会があれば完璧に作りたいと思います!



いろんな松明が立っていますので、「五老山」に行けば今からでも楽しめますよ♪


◎平成21年11月14日:松明あかし!!

ついに、日本三大火祭り「松明あかし」の日がやって参りました。
午後6時30分になり一番大きな大松明に点火されたのを合図に、次々と本松明に火がともされました。まさに火の海とはこの事だというような光景!松明太鼓や中高生の応援団によるエールが、より雰囲気を盛り上げていました。



奮闘記を最後までご覧頂き、ありがとうございました。次回に続く…

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